母さん助けて日記

母さん助けて詐欺のない世界を祈りながら綴る日記+α

20150908

新しい職場での仕事が楽しい。

毎日、新しいことをものすごい勢いで教えられている。でも全くつらくない。

頭がぐるぐる回転して、キーボードを打つ手が高速で動いて、言葉がどんどん口から溢れる。アドレナリンが出ているのが分かる。

こういう風に自分の頭が音を立てて動いているのを感じるのは、受験勉強をしていた時以来かもしれない。

 

一つのことを覚えると、二つ目のことがよく分かる。三つ目を覚えると、一つ目と二つ目と三つ目がどのような線で結ばれているのかが分かる。

線の結ばれ方が分かると、四つ目以降のことは、まるではじめから知っていたことのようにするりと頭に入ってくる。頭の中で知識と情報が樹木のようなかたちを描く。

枝が伸び、どんどん葉が生い茂っていくのを、脳が悦んでいる。

もっと教えてほしい、もっと知りたいと思う。

自分でも信じられないけど、夜眠る前いつも、「早く会社に行きたい」と思う。

 

でも、楽しいのはまだ研修中だからだ、ということも、重々分かっている。

何かあっても教育係の先輩や上司のサポートがあるので、責任感やプレッシャーもさほど抱かずに済んでいる、だから楽しさだけを呑気に享受していられるに過ぎない。

来月には先輩は休職に入り、わたしは独り立ちをしなければならない。

そうしたらきっと、楽しいなんて言っていられなくなるだろう。

 

わたしは楽しいと感じるといつも、「この楽しさは今だけのものだ」と思う。

「たまたま今は楽しいと感じられているだけだ」「一時的に何かに恵まれてそう思えているだけだ」と思う。

今だけのものだから思う存分楽しんでやれ、とは全く思えない。楽しさが終わる瞬間がいつ来るかいつ来るかと、身構え続けてしまう。

わたしにとって楽しさは、そういう怖さをいつも後ろに引き連れているものだ。

 

今日明日と、彼氏が出張で東京に来ている。

正直なところ、まだ仕事に慣れていない今は、平日に予定を入れたくない。

そういうことを彼に伝えたわけではないけど、「一応黙ってるのもあれだから連絡したけど、また今度ゆっくりできる時に会うのでいいよね」というあっさりとしたメールがきた。わざわざ言葉にしなくても微妙な気分を正確に察してくれる人がいる、頻繁に会えなくてもそういう人が世の中に存在している、ということを、とてもありがたいと思った。

 

今、彼に対して不満に思うことは何ひとつない。一緒にいて嫌な思いをしたことも、一度ない。何をしていても楽しい。

でもそれも、今だけのことだと思う。付き合い始めて日が浅く、過ごした時間がまだ短いから、単にいいところしか見えていないだけだ、と思う。浮かれていて細かいところに目がいっていないだけのことだ、と思う。

楽しさと同じく、愛情もいつも終わりの怖さを引き連れている。

あなたの何もかもを愛している、なんて思えるのは、あと少しの間だけだろうと思う。

 

それでも仕事も彼のことも、できればずっと、楽しくて好きだと思い続けたい。

つらいから嫌い、欠点があるから嫌い、と簡単に断じてしまいたくない。

 

「楽しい」と「つらい」も、「好き」と「嫌い」も、完全に切り分けることはできない。自分の欲しいところだけを、都合よく手にすることなどできない。

仮にそんなことができたとしても、それはただの搾取だ。

つらいことを楽しいと思い込む必要はないし、嫌いなところは嫌いなままでも、多分いいのだと思う。全てを完全に肯定することは不可能だし、不必要なんだろうと、頭では何となく分かっている。

 

でも、いつも一緒にやってくるそれらを、怖がらずに受け止めて、仕事とも彼とも、途切れることのない関係を結び続ける為に、具体的にどうしたらいいのかわたしはまだ分からない。仕事も人間関係も、長く続けたことがないからだ。

 

仕事帰りに表参道で用事を済ませて、駅に向かって歩きながら、ここから今彼がいるところまでどれくらいかかるのだろう、どっちの方角に彼の会社があるのだろう、と考えた。全く分からなかった。

でも同じ東京にいると思うと、単純にうれしかった。今、きっと彼も傘をさしている。気温は低いけれど湿度が高くて嫌な気候だ、と感じている。薄もやにてっぺんを隠されたビル群を、もや越しにぼんやりと光る赤い光を、おそらくどこかで見ている。

 

わたしは踵を返して長い横断歩道を渡り、ケンタッキーに寄った。

そしてオリジナルチキンを2ピース買い、それを提げて地下鉄に乗って家へ帰った。

手を洗い服を着替え、ぬるくなったそれを、キッチンの床で煙草を吸いながら食べた。

 

今日はわたしたちの初めての記念日だった。

油と煙のにおいに包まれながら、一人で祝う記念日もいいものだ、と思った。

満腹になったら眠気がやってきた。満腹で眠気を感じている時の幸福感は、純度が高くて、嫌なものを連れていない。身体の満足が、頭に余計なことを考えさせなくなるからだろう。

キッチンの床に横になり、目を閉じて換気扇のうなる音を聞きながら、怖いことは怖いことが起こった時に考えてもいいのかもしれないと、特に根拠もなく思った。

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