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母さん助けて日記

母さん助けて詐欺のない世界を祈りながら綴る日記+α

20160312

ライヴハウスへ向かう途中、ホテル街で足早に前を行く女の子の後頭部の左側の毛がうねっていた。もともとの癖にも見えたし、寝癖にも見えた。黄味がかった茶色に、金のハイライトが入っている。腰のあたりにリボンがあしらわれた白いフェイクファーのアウターの毛は、へたっていた。
女の子は歩く速度を全く緩めないままベージュの大きな革のバッグにさっと手を入れ、何かを取り出して頭に振りかけた。白い霧が広がり、一瞬で消えた後、果物のような花のような香りが鼻に届いて、それがヘアコロンだと気付いた。女の子はキャバクラのようなガールズバーのようなお店へ入っていったが、彼女のいなくなった後も香りはそこにあった。

今日観たライヴは、とても良かった。
どの演奏も素晴らしかったけど、今日のイベントの主催であり主役のbeipanaさんの演奏と、VIDEOTAPEMUSICさんのVJがたまらなく良くて、夢の中にいるような気分になった。
ライヴハウスの窓から見える景色も、夢心地に拍車をかけていた気がする。良質な音楽が流れる落ち着いた雰囲気の洒落た店内、その大きな窓の向こうには東京の空が一応あるにはあるのだが、古臭くてけばけばしいラブホテルのネオンがいくつも光っている。洗練された空間と、窓一枚隔てた向こうに広がる俗っぽい風景。外と内とのそのギャップが、わたしから現実味を奪っていた。

しかし、その風景には不思議な感じこそあれ、決して嫌な感じはなかった。人の様々な営みが、限られた土地に詰め込まれ、地続きに並べられている。あらゆる人のあらゆる時間が、序列もなくただ共にそこにある。それはいとおしい街の風景だった。
その上にVIDEOさんが映像を重ねていく。ラブホ街の空で熱帯魚が泳いだり、人が踊ったり、半裸でプールへ飛び込んだりするのを見たのは、もちろん今夜が初めてだった。

その映像の中に、水の上で、光がきらきらときらめいている映像があった。はっきり像が見えなかったので定かではないが、海か、あるいは川の上で光が光っているような映像だったと思う。

先週婚約者に、本当に結婚したいと思っているのか、と問われて、わたしは「したいと思っていると思う」と答えた。その日の昼間、わたしたちは、わたしが思いやりのない態度をとったせいで少し揉めていた。

自分が本当に結婚したいと思っているのか、わたしにはよく分からない。話はすでにしたいかしたくないかという段階を過ぎ、「する」ということの先へと日々着々と進んでいっているので、今更そこへ頭と心を巻き戻すことができない。
「本当に」の「本当」がどういうことを指しているかも分からないし、「したい」という状態と「したいと思っている」という状態と「したいと思おうとしている」という状態の間に、どういう差があるのかも分からない。だけど、しようと決めていることだけは確かだ。なぜそれではいけないのか。

わたしたちは入籍したら、川のそばに住む予定だ。彼が川が好きだから、そう決めた。VIDEOさんのVJを見ていたら、この間マンションを見に行った時に二人で川を眺めたことを思い出した。

ゆるやかな傾斜になっていた道が平らになった先に大きな橋が伸びていて、その下を、たっぷりとした川が流れていた。
曇り空を無数の白い鳥が飛び、お菓子の缶みたいな屋根の低い船が、水面にゆるゆると白い線を引いていた。橋の真ん中あたりで足を止めると、正面にスカイツリーが見えた。「これ何川?」と彼に訊くと、隅田川だと言う。
「夏は、こっちに隅田川の花火が見えて、こっちに東京湾の花火が見えるよ」
彼は今の家へ引っ越す前、五年ほどこの街に住んでいたことがあるのだった。そしてその最後の一年間、わたしたちは同じ職場で働いていた。そうかここに住んでいたのか、と思った。
中島さん、と呼ばれていた。彼が川の近くに住んでいることも、海の見える街で育ったこともまだ知らなかった。

わたしたちはしばらく川を眺めた。
けんかをした後だったので、彼はまだ言葉少なだったが、ぽつぽつと「4月になったら桜がきれいだよ」「夜、あの橋がライトアップされるんだよ」「朝はたくさん犬が歩いてるよ」と、川のそばの風景について教えてくれた。わたしは満開の桜と、光る橋と、ピンクの花びらを踏みながら歩いてくる適度に肥った柴犬を思い浮かべた。
彼は川べりにあるベンチを指さして、さらに言った。
「気候がいい時期は、仕事帰りにコンビニで弁当買って、あのベンチで川見ながら食べて、それから帰ってたんだよ」
わたしは一人で弁当を食べる彼の姿を想像した。そして、その時の彼と一緒に弁当を食べたかったと思った。

目の前に流れる川は、彼の見ていた川だが、彼の見ていた川ではない。目の前にいる彼も、川を見ていた彼ではない。川はどんな風に流れていたのか、どんな気持ちでそれを見ていたのか、弁当はどこのコンビニで買ったものだったのか、美味しかったのか、わたしは見ることも知ることもできない。だから、知りたい、教えてほしい、と思ったのだ。

相手の中にある、決して知り得ないことに思いを馳せたり、知りたいと思ったりする。それは、愛しているということなんじゃないかとわたしは想像する。共有していない時間を淋しく思うこと、その空白と、空白を含んで今ここまで途切れずに流れてきた時間そのものをいとおしく思うこと。
結婚したいかどうかは、やっぱりよく分からない。彼の全てが好きかと言われると即答はできない。でも、わたしは彼の過ごしてきた時間をもれなく大切に思っているし、そういう特別な相手とは、できるだけ長く仲良く過ごしていきたいと思っている。彼の問いにイエスかノーで答えることはできないけど、とりあえず、今度会ったらこのことを伝えようと思った。

そんな風に、わたしはステージとその向こうの風景を眺めつつ頭の中では全く別のことを考えていた。わたしは良い音楽を聞いている時、いつも関係のないことを考えているような気がする。というか、今ここにないものを想起させたり、遠くにある記憶を刺激する音楽が、単に好きなのだと思う。

渋谷の地面の下には川が流れているんだっけか、と考えながら、地下鉄の駅までの道を歩いた。駅構内へとつながる階段の入り口で、ホームレスのおじさんが地面にあぐらをかいて座り、電卓を叩いていた。表情は長く伸びた髪に隠れて見えなかった。
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