母さん助けて日記

母さん助けて詐欺のない世界を祈りながら綴る日記+α

20170223

この間、池袋に映画を観に行く途中、ふと思い立って、一駅前の東池袋駅で地下鉄を降りた。
去年の春に引っ越すまで十年くらいその近くに住んでいたので、久しぶりに少し歩いてみたくなったのだ。

階段を上って地上へ出ると、左手すぐに建つ店に、赤いにわとり型のネオンが光っているのが見えた。あぁ、何の店か知らないけどこんなのあったな、と思った次の瞬間には、十年分の思い出がどっと溢れ出してきていた。

わたしは毎週土曜の朝に、赤いにわとりの店の前を通って、その先にある西友に、エコバッグ片手に買い物に行っていた。西友での買い物の前には、地下にあるTSUTAYAに寄った。前の週に借りた何枚かのDVDを返し、新しい分を借りた。DVDは途中からBlu-rayになった。
エコバッグの持ち手がずっしりと肩に食い込む感じと、DVDの入ったビニール袋が揺れて脚に触れるしゃらしゃらという音が、生々しく蘇った。

立ち止まっているわたしの横を、若い男女が通り過ぎて行った。おそろいの黒いリュックを背負っていた。リュックは、女の子には少し大きすぎるようだった。この街に住んでいるのだろうか。

西友で買った一週間分の食料を、脚がひとつとれて傾いた冷蔵庫に収め、一週間分の服を洗濯機の中に無理やり押し込んでから、ベッドに寝転び、録りためたドラマなんかを適当に流す。
ベッドの頭側には大きな南向きの窓があったが、長いことカーテンはつけずに、オカダヤかどこかで買った布を適当に切ってつっぱり棒に垂らして代用していた。そのせいで朝は眩しく、冬はとてつもなく寒かった。

気分のいい日は、洗濯物をアパートの屋上に干した。夏のある日、重たいランドリーバスケットを抱きながら階段を上っていくと、つばの広い軽そうな帽子をかぶった女の人が、キャンプの時に使うような背もたれ付きの椅子に座って音楽を流しながらビールか何かを飲んでいた。わたしに気付いて振り返ったその人は、ちょっと照れくさそうに頭を下げてから、また元の姿勢に戻った。わたしは邪魔をしないようにと、慌てて洗濯物を干した。でも正直なところ、ボロいアパートの狭い屋上でそんなことをしているのがちょっと滑稽な感じがして、見ているのが気恥ずかしかったというのもあったと思う。

思い出はまだまだ止まらず、東口五叉路に着く頃には頭が疲れていた。
道の向こう側に目をやると、ユニクロの白い光に照らされて、その前にある喫煙所が人でいっぱいになっているのが、よく見えた。

それでここに住んでいた時に付き合っていた人との煙草についての何か大切そうな思い出が顔を出しかけた時、たまたま信号待ちで目の前に立っている男の人のジーンズのおしりが目に入った。
右のポケットが、豪快に破れていた。破れているというか、下の部分だけかろうじてくっついていて、両側の縫い目は完全にとれていて、かつてポケットだった布が裏地を見せてべろんとたれ下がっているという状態だった。何でこんなことになるんだ、と思った。縫えよ。それかもういっそとっちゃえばいいのに。何でそんなの履き続けてるんだ、ともどかしく見ているうちに、煙草について何を思い出そうとしていたのか、すっかり忘れてしまっていた。

たまたま目にしたもので何かを思い出すことはたくさんあるけど、たまたま目に入ってきたもので何かを忘れることの方が、ちょっと多いような気がする。頭の中のものは、そこに在るものに簡単に負けてしまう。思い出は、べろんべろんのポケットにかき消されてしまった。

あの人あれ以外にズボン持ってないのかな、とぼんやり考えつつ、映画館の椅子に座った。大学生くらいで、髪型もきちんとして、クラッチバッグなんて持って小綺麗にしていたのに。

映画が始まってしばらくの間、斜め前の席の人が携帯をいじり続けていて眩しかった。気になって光る画面をそっと覗いたら、長い英語のメールを打っていた。英語できるのすごいなー、などと思っていたせいで、冒頭のところの印象が薄い。
映画が終わり、明るくなってからその人を見たら、外国の人だった。

帰りは別の道を通って、池袋駅から帰った。散々浮かんだ思い出たちは一年前のも十年前のも一緒くたになって引っ込んで、もうその夜には出てこなかった。

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