母さん助けて日記

母さん助けて詐欺のない世界を祈りながら綴る日記+α

20141121

今年いちばんかもしれないというくらい、素晴らしい映画を観た。
 
映画館から駅まで歩く道すがら、マスクの中の口が笑いのかたちになったまま戻らず、目頭のあたりには、気を抜くとまた流れ出てきそうな涙の気配がずっと控えていた。
 
大声を上げて走って、すれ違う人たち全員とハイタッチをして抱き合って、そのまま道路に倒れこんで、みんなで寝転んで朝まで話をしたい。良い映画を観られたうれしさでどうしようもなく気持ちが暴れて、そんな風に、できもしない、というか本当にしたいのかもよく分からないことを、次々に想像した。
胸がドキドキしていたので、どこかでちょっと座って休んでから帰りたかったが、ちょっと座るところはなかなか見つからず、仕方なくだらだら駅まで歩いた。
 
地下鉄の駅のトイレの前を通ると、作業着を着た男性が二人並んで、入り口のガラスタイルをメジャーで計っていた。
二人のうち年配の方が金属製のメジャーを地面から伸ばして押さえ、若い方がバインダーに挟んだ書類にしきりに何かを書き込んでいた。いちいち肩を寄せ合ってメジャーの示す数字を覗き込み、囁き合うように何かを確認する二人の姿からなぜか目が離せず、しばらく見つめてしまった。
 
地下鉄に乗ってつり革を握ったところで、どうしてあの二人が気になったか考えているうちに、今日会社から映画館へ向かう電車の中で起きたできごとを思い出した。
 
その電車で隣に立っていた男女は、職場の先輩後輩のようで、二人の会話は仕事の話と世間話をいったりきたりしながら、終始途切れず、おだやかに盛り上がり続けていた。
後輩の女性の方の相槌が、何ということもないのだが絶妙に上手で、先輩の男性も気持ちよく話しているのが伝わってきた。わたしは文庫本を読みつつ、二人の会話にぼんやり耳を傾けていた。
 
「あっ、東京タワーだ」
突然会話をやめて彼女がそう言ったので思わず顔を上げると、ビルの隙間から東京タワーがのぞき、また隠れたところだった。
橙色に光る東京タワーは、何度か繰り返し同じように顔を出した。
電車の窓には、窓の向こうにそびえる鉄塔に目を奪われた二人とわたしの姿がうつっていた。
 
結局わたしたちは、東京タワーが完全に姿を見せなくなるまで、黙ったままずっとそれを見ていた。
同じ時に同じ場所から同じ物を、しかも別に珍しくもない物をただ見たというだけなのに、電車を降りた時、わたしは自分が二人に対して、好意というか愛着のようなものを抱いていることに気付いて、とても驚いた。
 
今日映画を観ていて、場内で笑い声が上がったりすすり泣きが聞こえたりした時も思ったのだが、どうして他人と何かを共有することは、こんなにもたやすく愛情を呼び起こしてしまうんだろう。
 
そう考えながら、わたしはその時同じ地下鉄の同じ車両に乗っている人々の様子を眺めた。
斜め後ろの初老の男性は「僕が働いていた頃の満員電車はもっとすごかった」という話を延々していて、酔っているのか、何度もわたしの体にぶつかった。目の前に座る女の子は、おかしくて仕方ないという表情で、時折吹き出しそうにまでなりながらスマホをいじっていた。隣に立っている同い年くらいのきれいなOL風の女性がコーチのバッグから取り出したスマホには、KIRIMI.ちゃんの大きなストラップがついていた。女の子の隣の男の子は、膝の上に水平に乗せたiPadでずっとTwitterInstagramとLINEをいったりきたりしていて、こちらが申し訳なくなるほど個人情報が丸見えだった。
 
地下鉄はちょうど駅に止まったところだったのでホームへと視線をそらすと、熊手を抱えた男性が一人、人混みをぬって歩いていくのが見えた。斜め後ろの男性が「今日、酉の市?」と言うのが聞こえて、また知らない人と同じ物を見たなぁと思った。
そこで初めて唐突に、わたしは今日観たとても素敵な映画を、一緒に観たかった人がいることに思い当たった。
 
自宅の最寄り駅に着いて階段を上っている時、この秋買った気に入っているスカートがふわふわと広がってとても気分が良かった。
来年の秋もこのスカートを履きたいと思った。